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許すとか許さないとか2

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こんにちは。こんこんです。1の続きです。

賞状を破り捨てられてショックだったことを母親に伝えましたが、
母の返事はなんと「なにそれ、覚えてない」でした。

なんとなくそんな気はしていましたが、やはりか・・・。
その返事を聞いた時、とても肩透かしをくらった気持ちと、
なーんだ! という軽くなった気持ちの両方を感じました。

なんで気持ちが軽くなったのか。
前回も少し書きましたが、、
私自身、その賞状を大事に扱ってなかったんですよ。笑
なんの賞だか思い出せないし、
どの宿題の絵で受賞したのかも覚えてないし、
そもそもで絵自体も残ってないし。
賞状自体も飾っていたわけではなく箪笥にしまって十年以上。
賞状(=なんか価値のありそうな物)を目の前で捨てられたインパクトが大きすぎて、
自分も悲劇のヒロインになりきって、その状況に酔っていた。

賞状と、「私は絵を描くことが好き」も関連していそうで無関係ですもんね。
「私が好きな事を理解してくれないお母さんは、なんて酷い人なんだろう」
というところも、私の妄想です。盛っています。

上記のような諸々を、母親の「なにそれ、覚えてない」で自覚したのでした。

この件について、許したというか、もういいやと思えたのは
思い切って母親に「ショックだったんだよね」と直接伝えることが
出来たからなんじゃないかな、と思っています。

「あの時ショックだった」という事実に対して
色々と余計な妄想(賞状に価値があるとか、母親はひどいとか)をくっつけていたけど、
「ショックだったんだよね」というところだけちゃんと汲み取って
外に出してみた(=母親に伝えた)ら、気が済んだ
という感じでしょうか。

一人でぐるぐるしていると、どんどん妄想が追加されていくけど、
外に出すと、母親の反応とは関係なく区切りがつくこともあるのだな、
ということを実感した出来事でした。

もちろん、私がその賞状をめちゃくちゃ大事にしていたら
破られた時点で泣いたり怒ったりしていたかもしれないし、
「覚えてない」と言われたら、もっともっと喧嘩になったかもしれませんが。

ショッキングなことが起こると、
自分が何を大事にしているのか、どこから妄想なのか
わからなくなってしまいますね。

都度、自分自身に確認してみることが大事だなと思います。

次回は2例目について書きますね。