相談して、自分だけの悩みではないと知る~不老不死の孤独と“仲間”の大切さ

はじめに

秦の始皇帝、『ドラゴンボール』のフリーザ、そして『鬼滅の刃』の鬼舞辻無惨―これらはそれぞれ個性が際立ち、強烈な存在感を持つキャラクターですが、共通しているのは、彼らがみな「不老不死」を強く望んでいた点です。

私は子どもの頃から、周囲の人が次々といなくなる世界はどんな気持ちになるのか考えていました。もし200歳まで生きたら、自分の孫や曾孫はもういないでしょう。一体誰と何を話して盛り上がれるのでしょうか。

不老不死の人には、どんな時代にも新しい仲間が現れます。しかし、過去をともにした相手は次第にいなくなり、誰とも分かち合えない思い出が増えるにつれ、孤独感はますます強まっていきます。

突拍子もない話から始めてしまいましたが、実はここにこころの健康の秘訣が隠されています。それは、私たちには「似たような経験を共有できる人が必要」ということです。 

孤独ではないということ

私たちは辛い時、しんどい時、不安な時、多かれ少なかれ孤独の感覚をもちます。
「自分だけが苦しんでいるような気がする」、「自分の感じ方が変なのかもしれない」。こういう風に感じると心細くなります。

たとえば、病気に罹患した時や転職して初めて出勤した時、あるいは身近な人との関係がうまくいかなかった時など、枚挙にいとまがありません。

ここで孤独というのは、文字通りの一人ぼっちという意味ではありません。周りに人はいるし、いつも通りの日常を送れているとしても、「一人で辛さやしんどさを抱えている」と思える時です。

ところが、こういう時誰かに相談して、「それ、わかる」「私も同じような経験をした」と言ってもらえたとしたら、ふっと気持ちが軽くなるのではないでしょうか。

相談したことによって、状況が変化したわけでも、悩みが解決したわけでもありません。それでも、一人で抱えていた時と比べて、ちょっぴり孤独感が和らいでいるはずです。

初めての子育てで不安な時、同じ月齢の子どもを持つ親との会話に救われるお父さんお母さんはたくさんいらっしゃるでしょう。職場で理不尽なことがあって怒りを感じた時、同僚に「私もそう思ってた」と言われてホッとするでしょう。

人に相談することの効用の一つに、「自分だけではなかった」という気づきを得られることが挙げられます。専門的には「双子体験」と言うことがありますが、要するに「同じ感覚を持つ仲間を見つける」ということです。

仲間はどこにいるのか

同じライフステージにいる人、同じ地域で生活したことがある人、同じ病気を経験した人。そういう人との会話には、説明不要の「わかる」という空気が存在します。そのため、相談相手が近いバックグラウンドや経験を持っていればいるほど、孤独感は和らぎやすいと言えます。「あるある体験」を話し合うのは愉快なものです。

もちろん、すべての経験や感覚が一致する人など存在しません。それでも、「わかる!」と一部でも言ってもらえれば、それだけで孤独は和らぎます。逆に、「それ、普通じゃないよ」と否定されたり、「そんなの大したことないさ」と軽く扱われたりすると、かえって孤独感は強まってしまうでしょう。

興味深いのは、相談して初めて、その人が似た感覚や経験を持っているとわかる場合があることです。意外な人が、似たような経験をしているものです。だからこそ、思い切って話してみることに意味があるのです。

とはいえ、似たような経験を持つ人に簡単に出会える場合もあれば、そうでない場合もあります。例えば、特殊な経験をした人は、同じような経験を持つ仲間を見つけるのは難しいかもしれません。また、年を重ねれば重ねるほど、そういう仲間は減っていくものです。
私が不老不死が虚しそうに思えるのは、このような仲間感覚を失い続けながら、生きてゆかねばならないからです。それは想像を絶する孤独でしょう。

不老不死が虚しいのは、仲間を失い続けて孤独になるからです。

ここまでお読みいただいて「たしかにそうだなぁ」と思って下さる方がいらっしゃったら私はとても嬉しいです。というのも、その感覚を持ってくださったあなたこそ、私の「仲間」に他ならないからです。書き手である私の孤独も少し和らぎます。

次回は、相談相手がさらに深い理解を示してくれた場合について、お話ししていきたいと思います。